人の角煮の受難

Ordeals Of Hito No Kakuni

海を泳いでいる想像をする。夜の海。わたしの後ろから電灯が背中を照らし水面が揺らめき透けている。ラメのような小さい泡がわたしが手をかく度に生まれては消え生まれては消え息継ぎを繰り返していつの間にかわたしの身体は海に溶けてしまった。灰色の海の中をスライムのように形を変えながらあてもなく進んでゆく。わたしの端っこがパチパチと弾けながら海に霧散していく。途端にわたしは恐ろしくなって誰かの温もりを求め始める。誰かわたしを抱きしめて。貫いて。わたしの体はお風呂に入れた固形の入浴剤のようにぶくぶく音を立てて周りを濁らせていく。溶けきってしまったわたしの体の中から出てきたのは丸い意識の球体だった。表面はべとつき汚れが糸を引いている。冷えきった意識の球体は波に流されながら遠く遠く岸から離れていく。さみしくてわたしは涙をこぼし球体には水が溜まっていく。重くなった球体は海の底に沈んでいって砂の上にころんと転がる。身動きが取れない。何も見えない。聞こえない。誰かわたしを助けて。助けて。誰かがわたしを拾ってくれるのをずっと待っている。生まれた時からずっと。
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